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自らの足で思索の旅へ:夏川草介 著『始まりの木』

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目次

  1. あらすじ
  2. 主な登場人物
  3. 民俗学とは
  4. 各話の概要
  5. 『神様のカルテ』とのつながり
 

1.あらすじ

「少しばかり不思議な話を書きました。
木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語です」
――夏川草介

(帯より)

藤崎千佳は民俗学を専攻する学生。指導教官の古屋神寺郎に連れられて、日本中にフィールドワークに出掛けています。
各地で出会う風景、説明の出来ない不思議な出来事、そして古屋の言葉。日々の生活で忘れてしまった何かを問いかけてくるような作品です。

小学館のサイト小説丸では、本作の刊行に寄せた夏川さんのエッセイや、本作にも関連した話が登場する夏川草介さんと上橋菜穂子さんの対談を読むことが出来ます。

夏川草介『始まりの木』 | 小説丸
不思議をめぐる対談 上橋菜穂子×夏川草介 民俗学と物語(ファンタジー) | 小説丸

2.主な登場人物

藤崎 千佳(ふじさき ちか)

東京にある国立東々大学の修士1年生。
高校生の頃に読んだ『遠野物語』と古屋の影響を受けて民俗学を専攻した。

古屋 神寺郎(ふるや かんじろう)

東々大学文学部民俗学科の准教授で千佳の指導教官。年齢不詳。
一流の民俗学者だが、偏屈で変わり者であることから敵も多い。
”民俗学の研究は足で積み上げる”を哲学とし日本中に旅に出るが、左足が悪く杖を使って歩いている。

仁藤 仁(にとう じん)

千佳の2年先輩で博士課程の学生。切れ者で優秀、いわゆるイケメンで女学生からも人気がある。

3.民俗学とは

日本人は日本人についてもっと学ばなければならない。遠く高く跳躍するためには確固たる足場がなければならぬように、世界を知ろうとするならば、我々はまず足下の日本について知らなければならない。民俗学はそのための学問である、と。

(本文より)

辞書的には民間伝承を調査し国民の日常生活や文化の歴史を研究する学問、といった意味合いです。
古屋が語っている通り日本人が日本人について知るための学問のようですが、一口には説明出来ない学問だと思います。研究と言うととっつきにくいイメージがしますが、題材自体は私達に取って身近なものではないかと感じます。

日本における民俗学者の先駆けが柳田國男で、本作でも『遠野物語』『信州随筆』が登場しています。

4.各話の概要

第一話 寄り道

9月中旬の弘前。千佳と古屋は豪商・津島家で見つかった屏風を見に訪ねてきました。
ただし古屋の目的は他にもあって…岩木山のふもと、嶽温泉(だけおんせん)で千佳はこれまで知らなかった古屋の一面を知ることになります。

この第一話は小説丸のサイトで試し読みが出来ます(2021年2月現在)
夏川草介の新刊『始まりの木』 第1話まるごとためし読み! | 小説丸

本話の電車:とある理由で飛行機嫌いになった古屋は、どこに向かうにも電車をメインに使用するため、本作ではしばしば電車が登場します。今回の旅では特急『つがる』で弘前駅に下り立ちました。

» 以下ネタバレあり

古屋のもうひとつの目的は亡くなった妻のお墓参りでした。
古屋と同じく、むしろ古屋以上によく歩く民俗学者だったという女性。事故により亡くなった彼女は登場しませんが、その存在が古屋の人間味に繋がっているように思います。

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第二話 七色

11月の京都。民族学会に出席するために訪れた千佳と古屋は、岩倉で松葉杖の青年に出会います。鞍馬に行きたいという青年に同行する道中でふたりが体験した不思議な出来事が描かれます。実相院や叡山の紅葉の赤が印象的です。

本話の電車:岩倉駅から鞍馬駅まで叡山電車に乗ります。叡山電車の路線図を知っている方なら、古屋が気付いた不思議に気付けるのでしょうか。

第三話 始まりの木

1月の信州。千佳と古屋は特別講義のために信濃大学を訪れました。その後松本に向かいますが、長電話でしばしば席を外すなど古屋の様子はどこかおかしく…実は大きな問題を抱えていた中、厳しい寒さもあり古屋の足には限界が来てしまいます。
波乱の道中の帰り道、「千佳に見せておきたいものがある」と古屋が寄ったのは彼の原点とも言える場所でした。

本話の電車:東京から長野までは新幹線『あさま』、その後松本へは特急『しなの』で移動しています。松本からの帰り道では特急『あずさ』が登場します。

» 以下ネタバレあり

特急『あずさ』を岡谷駅で下り、電車を乗り継いで向かった先は伊那谷の大柊(おおひいらぎ)でした。
古屋の民俗学が始まった場所だというこの大柊は実在しているそうです。羽場の大柊として飯田市の天然記念物に指定されているものではないかと思われます。
羽場の大柊 - 信州の文化財 - 財団法人 八十二文化財団

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第四話 同行二人

3月の高知。フィールドワークに出ている仁藤のもとを古屋と訪ねた千佳は、お遍路と絡んだある出来事に遭遇し…本話と次の『灯火』では千佳の成長が垣間見えます。

本話の電車:夜に東京を経ち、『サンライズ瀬戸』、特急『あしずり』そして土佐くろしお鉄道に乗って宿毛市の平田駅まで。片道14時間という超長旅で、流石の千佳も不満を漏らしていました。帰りの電車は特急『南風』です。

第五話 灯火

4月の東京。この頃古屋は大学近くの寺・輪照寺に足繁く通っています。時には授業を途中で切り上げてしまう古屋に、流石の千佳も困惑しており…
旅を描いた本作ですが、この最終話だけは大学近くのお寺とそこにある樹齢600年の桜の木を中心としています。最終話ではありますが、古屋が千佳に、そして千佳が古屋に告げた言葉は始まりを感じさせるものとなっています。

本作の電車:大学周辺が舞台ということで、電車は登場していません。

5.『神様のカルテ』とのつながり

第三話『始まりの木』の舞台は長野県で、千佳と古屋が訪れたのは『神様のカルテ』の舞台のひとつである信濃大学です。とは言ってもふたりが訪れた教育学部は長野にあるということで、松本にある医学部とはキャンパスが異なります。
そしてふたりが長野の次に向かったのは松本。柳田國男が開いていた研究会の参加者の孫を訪ねて、松本城の近くを訪れます。ここまで来ると『神様のカルテ』の舞台と重なってきます。

» 以下ネタバレあり

寒さが応えたのか、抱えていた問題によるストレスか、足の痛みがひどくなり古屋は松本駅近くの病院に運ばれます。救急車が向かった先はもちろん『神様のカルテ』でお馴染みのあの病院です。
大学病院に勤務している(であろう)栗原一止はそこにいませんが、とある人物が古屋の対応をしています。

★『神様のカルテ』シリーズに関する記事はこちら→夏川草介 著『神様のカルテ』シリーズに関する記事の一覧

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はじめは医師である夏川さんと民俗学が結びつかない印象を受けましたが、読み進めていくうちに『神様のカルテ』とも通ずる世界観を感じました。

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