目次
1.あらすじ
寺脇友親は美大の油絵学科に通う1年生。金欠状態から助けてもらったのをきっかけに同じアパートに住む大学の先輩・柚木若菜と親交を深めていきます。
絵の才能があり、人当たりがよく、容姿にも恵まれた完璧超人のような人物…それでいてどこか掴みどころのない、周りと壁を作っているような雰囲気をまとっている若菜。そんな若菜を追いかけ友親の前に現れる進藤恭子。自分が美大で何をしたいのか、何になりたいのかが分からない友親。友親の家族との微妙な関係…
謎に包まれていた若菜の過去が明かされる中で、友親もまた自分自身の抱えるものと向き合っていきます。
2.クリームソーダの示すもの
『さよならクリームソーダ』というタイトルの通り、本作のキーとなるアイテムのひとつにクリームソーダがあります。
表紙に描かれている氷とたくさんの泡もソーダ水を彷彿とさせますし、ソーダ水は重要な出来事が起こるプールのイメージとしても用いられています。
また気になるのが若菜が飲んでいる白いクリームソーダ。クリームソーダというとメロンソーダにアイスクリームを載せた緑色のものをイメージすると思います。
アイスクリームを最初にグラスに入れて、その上に何のシロップも入っていない透明なソーダ水を注ぐから、アイスが泡立って白いクリームソーダになるようだ。
(本文より)
緑や赤のクリームソーダは作り物という感じが強いですが、この白いクリームソーダは自然なイメージがします。
» 以下ネタバレあり
この白いクリームソーダ、若菜に取ってはヨシキこと龍ヶ崎由樹との思い出の飲み物です。
ふたりが出会い、お互いに惹かれ、一緒にいたいと思うもののかなわず永遠の別れを迎えてしまう。緑でも赤でも他の色でもない白いクリームソーダは、自然体でいられたふたりの関係のひとつの象徴なのかと思います。
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3.登場する尾崎豊の楽曲
若菜の過去を紐解く上でキーとなるアイテムのもうひとつが、尾崎豊の楽曲です。
本文中でタイトルが出てくるのは『卒業』『15の夜』『I LOVE YOU』『OH MY LITTLE GIRL』の4曲。現在の若菜が鼻歌で歌い、学園祭のパフォーマンスに用いたのが『卒業』で、他の3曲は若菜の過去の物語に登場しています。
「若菜さん、尾崎豊が好きなんですか」
(本文より)
鼻歌がやむ。
「よくわかったな。寺脇が生まれた頃は、とっくに死んじゃってただろ」
「それは若菜さんだってそうじゃないですか」
この友親と若菜の会話からふたりが生まれたのは1992年以降、リアルタイムで尾崎豊を聴いて育った世代ではないことが分かります。
本作の発売は2016年(執筆は2015年でしょうか)ですが、物語の時間もこの頃だと考えられます。
» 以下ネタバレあり
若菜とヨシキが出会ったプールサイドでヨシキが歌ったのが『15の夜』。
「生徒会長をプールに突き落とすのって、結構爽快感がありました、盗んだバイクで走り出すって、校舎の窓ガラス壊してまわるのって、こういう気分なのかなって」
(本文より)
盗んだバイクで走り出すのは『15の夜』ですが、校舎の窓ガラスを壊してまわるのは『卒業』ですね。
いずれも自分を縛るものから解き放たれて自由になりたいというヨシキの思いを表しているのでしょうか。このヨシキの思いと若菜の思いが共鳴し、ふたりの距離は縮まります。
若菜の現在に登場するのがふたりのはじまりである『15の夜』ではなく『卒業』なのは、『卒業』にも描かれていないふたりの思い出があるのか、今の若菜の気持ちに近いのは『卒業』だからか…
ヨシキが自分の命が長くないかも知れないことを明かした日。ふたりの関係が更に深いものへと変わった日。若菜を「柚木先輩」ではなく「若菜先輩」と呼んだヨシキが聴きたいと言ったのが若菜の歌う『I LOVE YOU』でした。
ヨシキがどんな気持ちで『I LOVE YOU』をリクエストしたのか、若菜はそれに応えたのかどんな風に歌ったのか…とても切ないシーンとなっています。
ヨシキ亡きあと、ヨシキの家に向かう道中で若菜が聴いていた曲のひとつが『OH MY LITTLE GIRL』。
いつまでも離れないと誓ったはずなのに、あっという間に離れ離れになってしまったふたり。若菜が感じていたのは喪失感か無力感か絶望感か、そのような言葉では言い表せないものだったかも知れません。
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4.『潮風エスケープ』との共通点
『さよならクリームソーダ』と同じく額賀さんの作品である『潮風エスケープ』。舞台も話の内容も全く異なりますし、同じ登場人物が出てくるということもありませんが近い部分があると思いました。
なお、私が先に読んだのは『潮風エスケープ』ですが、刊行は『さよならクリームソーダ』の方が先です。
★『潮風エスケープ』の紹介と感想はこちら→脈々と続くものの重さと向き合う:額賀澪 著『潮風エスケープ』
装丁
まず感じたのは、表紙の雰囲気が近いということでした。
『さよならクリームソーダ』の表紙はプールサイドにたたずむ制服の男女。『潮風エスケープ』の表紙は海辺で向かいあうふたりの少女。
絵のタッチにも近いところがありますが、「ふたりの人物+水のある景色」という点が共通しています。
また、そで(カバーの折り返し部分ですね)に本文の一部が掲載されているのも同じです。
» 表紙の人物について(伏せておきます)
『さよならクリームソーダ』の男女は柚木若菜と龍ヶ崎由樹。若菜の物語の原点とも言える出来事が起こるプールサイドです。
『潮風エスケープ』の少女は多和田深冬と汐谷柑奈。物語の終盤にふたりが海で起こす出来事が、他の人物にも影響を与えます。
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『さよならクリームソーダ』文庫版の表紙は水に沈んでいくひとりの男性。こちらはプールサイドではなくてプールの中ですね。
章タイトル
いずれの作品も章タイトルはその章に含まれる文章から付けられています。
ふたりの人物の視点
『さよならクリームソーダ』は主人公・寺脇友親の視点で語られる現在と、柚木若菜の視点で語られる過去のふたつの物語が描かれます。過去の物語から現在の謎や違和感の正体が明かされていき、ふたつの物語がつながることで友親も若菜も前に進むラストを迎えます。
『潮風エスケープ』でも主人公・多和田深冬の視点で語られる現在と、ある人物の視点で語られる過去~現在という形になっています。「潮祭」を巡って現在で起きる出来事をきっかけに、深冬、そしてもうひとりの人物も変わっていきます。
よく考えると『風に恋う』もまた茶園基と不破瑛太郎のふたりの視点で描かれていて、吹奏楽コンクールを通してふたりが成長していく物語となっていますね。額賀さんの作品に多い構成なのでしょうか。
★『風に恋う』の紹介と感想はこちら→部活動の光と影:額賀澪 著『風に恋う』
帰るということ
実家に行くのも「帰る」だし、旭寮に戻るのも「帰る」だ。なんだか不思議だ。
(『さよならクリームソーダ』より)
この帰るということについて、『潮風エスケープ』でも同じような描写が見られます。
故郷を離れて過ごす人が自分の故郷に向かうことも、そして今いる場所に戻ることもどちらも「帰る」。逆方向に向かっているけれど言葉は同じ。あまり気に留めていませんでしたが、言われてみると興味深いですね。
『さよならクリームソーダ』『潮風エスケープ』のいずれにおいても、実家から(距離の面、気持ちの面で)離れていた人物が実家や故郷と向き合う展開が見られるのも共通点です。
正直なところ、様々な人物が登場しいくつもの謎が浮かぶ前半はいまいち乗れないな、と思いながら読んでいました。登場人物達の関係や抱えるものが明かされていくにつれてどんどん引き込まれ、途中からは一気に読みました。
決して優しい作品ではありません。虚構の世界から現実を突き付けてくるとでも言いましょうか、現実はクリームソーダのように甘くはないと思い知らされます。
それでも物語の最後には救いがあり、小さな希望が見える作品だと思います。