答えなどない。最善の選択なるものもない。
(本文より)
そんなものがあれば、生きることに誰も苦労はしない。
信州の病院を舞台とした 『神様のカルテ』シリーズの3冊目で、第1部の完結編と銘打たれています。
目次
1.あらすじ
「24時間、365日対応」の本庄病院で働く主人公・栗原一止は30歳になりました。
古狐先生を失った本庄病院の内科に、研究熱心なベテラン医師・小幡奈美先生が赴任します。
腕は確かで一見人当たりのよさそうな小幡先生ですが、一部の患者を診療しないような振る舞いに一止は疑問を抱きます。
そんな一止に厳しい言葉を投げかける小幡先生。その医師としての覚悟に触れ、自分との埋めがたい差を思い知らされた一止。
ある患者の治療をめぐって起きた事態をきっかけに、一止はひとつの決意をすることになります。
2.新しい登場人物
『神様のカルテ2』と同じ年度の話ということもあってか、新しい登場人物はあまり多くはありません。
医療関係者
所属 | 名前 | 紹介 |
本庄病院 | 甘利(あまり) | 外科部長。 |
小幡 奈美(おばた なみ) | 12年目の消化器内科医。 | |
板垣(いたがき) “大狸先生” | 消化器内科部長。 『神様のカルテ』から登場しているが、『3』で本名が判明。 |
※“ ”内はあだ名
患者とその関係者
一部の名前は松本市近辺の地名から付けられています。
名前 | 紹介 | 名前の由来 |
開田 ツネ(かいだ つね) | 肺炎患者、92歳女性。 | 開田高原 *以前は開田村、現在は木曽郡木曽町 |
開田 節子(かいだ せつこ) | ツネの妹。88歳。 | |
榊原 信一(さかきばら しんいち) | 喘息患者、36歳男性。 元は高校の先生。 | |
島内 耕三(しまうち こうぞう) | 嘔吐で受診した82歳男性。 昔は“組を仕切ってた”人物。 | 松本市島内 |
島内 賢二(しまうち けんじ) | 耕三の孫。 |
御嶽荘の住人、ほか
名前 | 紹介 |
ブロニカ | 屋久杉が拾ってきた三毛猫。 拾った夜に輝いていた星の名前から屋久杉は「カペラ」と命名。男爵は「桔梗の間」に現れたときにターナーばりの傑作が完成したことから「ターナー」と命名。「ブロニカ」と名付けたのは榛名(由来は語られていないが、カメラのブロニカと思われる)で、この名前が採用された。 |
3.「引きの栗原」エピソード
『神様のカルテ3』の第一話『夏祭り』も一止が救急外来の当直で引いているシーンからはじまります。
立て続けにやってくる救急車に休む暇もなく診療を続けます。
結局この日は救急車が8台にウォークインが36人。記録(『神様のカルテ2』では6台と36人でした)更新となりました。
そして一晩で3件の緊急手術、と次郎にもその影響が及びました。
また大晦日の当直も一止でした。年末も休む暇なく働くことになるかと思いきや、この日は吹雪の影響で逆に患者が減り、一止が引かない当直という珍しいパターンとなりました。
「引きの栗原先生も、この大雪の中から患者を引きずりだしてくるほどの力はないようね」
(本文より)
4.前作までとの関連
横田さん
頭を打ち搬送されてきた横田さんは、『神様のカルテ』でも登場しています。
杉の森
一止と大狸先生がお酒を飲むシーンで、杉の森の熱燗が登場します。
» 以下ネタバレあり
大学病院へ行くことを決めた一止の送別会のあと、大狸先生とふたりで店を移ります。
そこには3人分の席があるものの、3人目は一向にやってきません。
そして冷酒ばかり飲んでいた大狸先生が唐突に頼んだ杉の森の熱燗、何も言わずとも持ってこられた3つの杯。
乾杯をして一止ははじめて気づきます。3人目の席は亡くなった古狐先生の席なのだと。
杉の森は『神様のカルテ2』で一止と古狐先生が「九兵衛」で出会った際、古狐先生が頼んだお酒です。
古狐先生の好きな(あるいは、ふたりの思い出の)お酒であること、かつては大狸先生と古狐先生がふたりで飲んでいた姿が想像されます。
ふたりの偉大な先達に見守られて一止が大学病院へ旅立つ、静かに感動が広がっていく場面です。
» ネタバレを閉じる
5.小幡先生の食べている林檎
実家が林檎農家だという小幡先生。しばしば林檎を食べている様子が見られます。
林檎とひとくちにいっても種類は時期によって異なり、作中では全部で4種類登場しています。
秋映
長野県生まれの林檎で、「長野県りんご三兄弟の長男」だそうです。
9月下旬~10月下旬に出荷されます。
シナノスイート
こちらも長野県生まれの林檎で、「長野県りんご三兄弟の次男」だそうです。
10月上旬~11月上旬に出荷されます。
一止は秋映と間違えて小幡先生から「教養がない」と言われます。秋映の方が深い赤色のようです。
シナノゴールド
名前の通り黄色い林檎で、「長野県りんご三兄弟の三男」だそうです。
10月中旬~12月下旬に出荷されます。
一止は黄色い果物を見て「林檎はやめたのか」と問いかけ、小幡先生から「常識がない」と言われています。
ふじ
日本で最も多く生産されている林檎です。10月中旬~1月に出荷されます。
一止は何の品種か分かっていないようですが、何人かの登場人物はふじだと認識しています。
なお、いずれの品種もJA全農長野のページで紹介されています。
JA全農長野 果実一覧 りんご
6.その他
『栗原の高座敷』
一止が大学1、2年の頃に住んでいた下宿は家賃2万円だったとのこと。
「建物自体もひどかったけど、君の部屋は特別すごかったね。だいたい四畳半に千冊以上の本を置いている男を、僕は初めて見たよ」
(本文より、辰也の言葉)
四方の壁を本で埋め、積み上げることも出来なくなったところで一止は本を床に敷き詰めることにしたそうです。
何層にも本を敷き詰めた結果、最終的には廊下から30cm程高い場所で寝起きをすることになった、その様子を表したのが『栗原の高座敷』です。
一止の本好きを表すエピソードですが、床に敷き詰めた本の上で暮らすとは…流石変人栗原とでも言いましょうか。
御嶽荘ではそこまでたくさんの本がある様子は見られませんが、大学3年で医学部寮に入った際にでも処分したのでしょうか。
紅白歌合戦
傍らのテレビでは、多人数の女性のグループがいささか品のないほど短いスカートでステージ上を駆け回り、日本語だか英語だか判然しない言語を口ずさんでいる。紅白歌合戦という奴であろう。
(本文より)
某女性アイドルグループを彷彿とさせる文章です。一止らしい表現ではありますが、果たしてこれはいいのでしょうか…具体名は出ていませんし架空の存在ってことですかね。
続いて女性の演歌歌手も登場しますが、こちらはどなただかは分かりません。
そしてその後、にわかに小幡先生が色めき立ちます。
画面上では折しも、男性五人組の歌い手が、軽快な音楽に合わせて踊り始めたところだ。
(本文より)
「嵐よ。嵐の出番!」
ここでまさかの嵐登場。個人的にはここで現実のアーティストを出さなくても…と思いますが、映画で一止を演じたのが嵐の櫻井翔さんだったからということですね。
小幡先生も看護師の水無も嵐のファンだとのこと。そしてその会話に加われない一止はやっぱり一止ですね。
仲が良すぎる一止と辰也
「最近、お前と私が危ない関係ではないかという噂が病棟に流れている」
(本文より、一止の言葉)
辰也が本庄病院にやってきて半年ですが、コーヒーを掛け合うなど仲の良いふたりに対し、看護師達の間で「栗原、進藤ホモ疑惑」の噂がささやかれているそうです。
ふたりの仲が良いのはもちろんですが、それだけではなく強い信頼関係が築かれていることがうかがえます。
一番辛いときに、一止がいるからと本庄病院に来た辰也。辰也は一止を誇りに思い、一止もまた辰也の生き方に感服していると言う。
ふたりの距離感とお互いに尊敬し合える関係が素敵ですね。
(2019.04.21追記)
★『神様のカルテ』シリーズに関する記事はこちら→夏川草介 著『神様のカルテ』シリーズに関する記事の一覧