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長月天音 著『ほどなく、お別れです』:心を込めた見送りの儀式

投稿日:2020-01-13 更新日:

2018年に第19回小学館文庫小説賞を受賞した、長月天音さんのデビュー作です。

目次

  1. あらすじ
  2. 主な登場人物
  3. 訳ありの式と美空のはたらき
  4. 『神様のカルテ』とも通じる世界観
 

1.あらすじ

主人公・清水美空は坂東会館という葬儀場でアルバイトをしている大学生。“気”に敏感で死者を見たり対話したりする能力がある美空に声を掛けたのが、訳ありの葬儀を担当することが多い葬祭ディレクター・漆原でした。
故人と遺族の両方の思いに触れ、悔いの残らない式を執り行うように働く中で、美空の気持ちと状況も変化していきます。

2.主な登場人物

清水 美空(しみず みそら)

坂東会館という葬儀場でホールスタッフのアルバイトをしている大学4年生。就職活動に苦戦している。
いわゆる霊感が強く、死者を見たり対話したりすることが出来る。

» 美空の能力に関係して(一応伏せておきます)

自分が生まれるより前に亡くなった姉がすぐ側についている。本人には見えていないが里見にははっきり見えているとのこと。
不思議なことに遭遇する前には決まって姉の夢を見る。

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清水 美鳥(しみず みどり)

美空の姉で、美空が生まれる直前に事故で亡くなった。

美空の家族

美空は両親と祖母と4人で暮らしている。

赤坂 陽子(あかさか ようこ)

坂東会館社員。美空よりいくつか年上の先輩。面倒見がよい。

漆原(うるしばら)

葬祭ディレクター。元々坂東会館に勤めていたが独立した。歳は30代の半ば。
スタッフには厳しい物言いをするが、仕事の場では細やかな気遣いと丁寧な言葉遣いの出来る優秀な人物。
事故や事件絡みといった訳ありの式を担当することが多い。

里見 道生(さとみ どうしょう)

坂東会館と契約している寺の息子で、4人兄弟の末っ子。漆原とは大学からの友人。
美空同様の能力を持っており、漆原が担当する式を受け持つことが多い。

椎名(しいな)

坂東会館社員。葬祭部の中では一番の若手で、30歳目前。
新人の頃は漆原の下についていた。

3.訳ありの式と美空のはたらき

本作で漆原が携わっているのは「焼身自殺をした男性」「事故で子供とともに亡くなった妊婦」「病気で亡くなった4歳の女の子」「指が1本ない自殺と見られる女性」の式です。そのうち「焼身自殺をした男性」以外の式に美空は関わることになります。

» 以下ネタバレあり

美空は「事故で子供とともに亡くなった妊婦」の式の際、亡くなった本人から荷物を預かります。美空から荷物を受け取ったことで、憔悴していた故人の夫の気持ちに変化が訪れます。
漆原から「病気で亡くなった4歳の女の子」の式の担当を指名された際も本人と接触しますが、自分が亡くなったという事実をよく理解していない女の子の相手に苦戦します。里見との対話により行かなきゃいけないところがあることは出来た女の子に、今度は美空の姉・美鳥が寄り添います。
「指が1本ない自殺と見られる女性」とも対話しますが、このときは美空以上に里見の方が故人と深く対話しており、美空は後から事情を聞かせてもらうことになります。

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4.『神様のカルテ』とも通じる世界観

私が本作を知ったのは長月天音さんと『神様のカルテ』シリーズの著者・夏川草介さんの対談記事です。

夏川草介『新章 神様のカルテ』× 長月天音『ほどなく、お別れです』スペシャル対談 | 小説丸

『神様のカルテ』に近い雰囲気だと感じて手に取った本作。
葬儀場を舞台にしており、人が亡くなることではなく亡くなったその後がメインの話であるため、人の死を殊更に騒ぎ立てることや死の事実自体で泣かせるようなことはありません。美空や漆原、里見をはじめとした関係者が亡くなった当人や悲しみに直面した人々を支え、見守り、少しだけ背中を押すようなあたたかさが心地よい作品です。
全体としては穏やかに進んでいく物語の中に人のあたたかさを感じる、まさに『神様のカルテ』にも通じる世界だと思いました。

なお、対談記事や小学館の作品ページにも記載されていますが、『ほどなく、お別れです』の帯には夏川さんによる推薦コメントが載っています。

「私の看取った患者さんは、『坂東会館』にお願いしたいです」

(帯より)

『神様のカルテ』と『ほどなく、お別れです』のコラボなんかも出来るのではと一瞬考えましたが、『神様のカルテ』の主人公・栗原一止が関わった患者であれば、亡くなったとしても美空や漆原が指名されるような訳ありの式になることはないでしょうね。

★『神様のカルテ』シリーズに関する記事はこちら→夏川草介 著『神様のカルテ』シリーズに関する記事の一覧

長月さんと夏川さんの対談の中で、長月さんが本作の続編の改稿作業中とおっしゃっていましたが、この続編『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』が2020年2月末に発売されるそうです。

» 以下結末のネタバレを含むので伏せておきます

本作の最後で美空の祖母が亡くなり、ずっと美空の側にいた姉・美鳥と共に旅立っていきます(式はもちろん坂東会館、訳ありの式ではないものの美空の両親の希望もあり漆原が担当となりました)
ここで気になるのはやはり美鳥がいなくなったこと。美鳥がついていたことで美空の能力が強くなっていましたが、今後美空の能力はどうなっていくのでしょうか。能力関係なく人の気持ちを汲み取れる葬祭ディレクターとして成長していくことも出来そうですが、続編のあらすじでも“気”に敏感と書かれているので、引き続き能力を生かしていくのでしょうか。

» ネタバレを閉じる

このあたたかい世界に再び触れられるのを楽しみに待ちたいと思います。

(2023.04.02追記)
★続編の紹介はこちら→長月天音 著『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』:一歩を踏み出す姿

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