目次
1.作品概要
『いちばん初めにあった海』『化石の樹』のふたつの物語が含まれています。いずれも心に傷を負った女性の再生が描かれた話と言えます。
1996年に単行本が、2000年には文庫が角川書店より出版されました。そして昨年(2019年)、幻冬舎からも文庫が発売されています。表紙の雰囲気がだいぶ異なりますね。
2.『いちばん初めにあった海』
あらすじ
堀井千波は引っ越しのために荷物を整理していた際に一冊の本を見つけました。読んだ記憶のない『いちばん初めにあった海』。不思議と惹きつけられるその本を読んでいると、中に〈YUKI〉という人物からの手紙が挟まっていて…本と同様、手紙にも心当たりのない千波。一体この手紙は何なのか?何故全く心当たりがないのか?千波の過去が明かされていくミステリーです。
本作の構成
本作の文章は以下に分けることが出来ます。
- 三人称で書かれた千波の現在
- 一人称で書かれた千波の過去
- 小説『いちばん初めにあった海』
- 手紙(〈YUKI〉から千波へ、千波と父のやり取り、など)
作品のタイトルが作中作として登場するという点は加納さんの『ななつのこ』『ガラスの麒麟』にも共通していますね(『いちばんはじめにあった海』含めていずれも加納さんの初期の作品です)。『ななつのこ』も手紙のやり取りで話が進みますし、傷を負った女性の再生という点は『ガラスの麒麟』に通じるものを感じました。
★『ガラスの麒麟』の紹介はこちら→加納朋子 著『ガラスの麒麟』
本作の謎
あらすじでは「〈YUKI〉とは誰なのか」を謎のひとつにしていますが、これは読み始めると割とすぐに答えが分かります。どちらかと言うと「何故千波に全く心当たりがないのか」の方がポイントと思います。
千波が〈YUKI〉の正体に気付いたことで、「千波に何が起きているのか」「『いちばんはじめにあった海』という本の存在」と言った点も含めて、彼女の過去が明らかになっていきます。
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そして本作では謎も残ります。〈YUKI〉こと結城麻子が手紙に書いた「人を殺したことがある」という告白。そして千波が抱いた「麻子は誰に救ってもらえるのだろうか、誰かに救ってもらえるのだろうか」という疑問。これらが明かされていくのが続く『化石の樹』となっています。
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3.『化石の樹』
あらすじ
「ぼく」が「きみ」に語りはじめました。自分の中で「スイッチが切り換えられた」夏のこと。白い花の咲く金木犀と、金木犀に隠されていた一冊のノート。そのノートにはある母娘のことが書かれていて…
本作の構成
本作は
- 「ぼく」の一人称で書かれた、「ぼく」から「きみ」への話
- ある女性の手記(ノートの文章)
からなっています。人の名前はほとんど出てこず、名前が明かされている登場人物は「ぼく」の話に登場する「サカタさん」だけです。
本作の謎
身も蓋もないかも知れませんが、「いったい何の話なのか」「この話が行き着く先はどこなのか」が一番気になる点なのではと思います。もちろん最後まで読むと全てが明らかになります。
» 以下ネタバレあり
「ぼく」の話に登場するサカタさんが手記中のセンター長であること。そして手記中の少女(=サカタさんの孫娘)が「きみ」であり、『いちばん初めにあった海』の麻子であること。人名がほとんど出てこないため最初は分からなかった繋がりが分かる瞬間は気持ちのいいものです。
そして手記中にある麻子の母の死、麻子が自分で言っていた「人を殺したことがある」という記憶の謎も明かされます。麻子もまた救われるというラストにあたたかさを感じます。
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『いちばん初めにあった海』『化石の樹』ふたつの物語が繋がった世界は優しく心地よいものになっている、そんな作品です。