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様々な境遇の人に向けられたあたたかいまなざし②:加納朋子 著『カーテンコール!』

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目次

  1. あらすじ
  2. 卒業出来なかった彼女達
  3. それぞれの事情
  4. 小説だからこその展開
 

1.あらすじ

経営難により閉校することが決まっていた萌木女学園。その最後の卒業生となるはずが、学校側が講じた種々の救済策もむなしく留年したメンバーを集め、特別補講が行われることになりました。
学園内の合宿施設に泊まり込み、外出不可、テレビもネットも自由には使えず、スマホも取り上げられた軟禁状態となった彼女達。個人の選択の結果から病気、家庭の事情と留年に至った理由は様々ですが、ひとり残さず卒業させようという角田理事長の思いを受けて少しずつ変わっていきます。

2.卒業出来なかった彼女達

留年してしまった学生は全部で9名(以下五十音順に記載)。

綾部 桃花(あやべ ももか)
有村 夕美(ありむら ゆみ)
喜多川 菜々子(きたがわ ななこ)
小山 千帆(こやま ちほ)
金剛 真実(こんごう まみ)
清水 玲奈(しみず れな)
梨木 朝子(なしき あさこ)
細井 茉莉子(ほそい まりこ)
矢島 夏鈴(やじま かりん)

基本的にはふたりで一部屋の共同生活を送ることになります。綾部桃花と金剛真実、有村夕美と梨木朝子、喜多川菜々子と矢島夏鈴、小山千帆と細井茉莉子の組み合わせで、清水玲奈は学園の職員と同室になっています。

3.それぞれの事情

休学:矢島夏鈴と喜多川菜々子

自分の大学が閉校になるにも関わらず休学したことで単位が足りなくなったのがこのふたりです。
フリーライター志望の矢島夏鈴が休学したのは世界のあちこちで今しか出来ないことをやりたかったから。萌木女学園が卒業出来なくても他大学に編入すればいい、学費はバイトで稼げばいい、と考えていましたが、「取材」も兼ねて特別補講に参加することにしました。
夏鈴のキャラクターも9人の中では異色ですが、それ以上にどうして補講に参加しているのか分からないのが喜多川菜々子です。はきはきとして頭のよさそうなしゃべり方、運動部出身で見るからに健康的な姿、いかにも優等生といった雰囲気なのに卒業出来なかったのは何故なのか、他のメンバーも不思議に思います。

» 以下ネタバレあり

夏鈴はひょんなことから菜々子が休学した理由が妊娠、出産だったことを知ります。一生懸命に勉強しているのは育児のサポートが充実した職に就くため。どこまでも完璧超人のような菜々子ですが、実は妊娠には訳があって…夏鈴と菜々子を描いた『プリマドンナの休日』はなんとも微妙な読後感が残る一編となっています。

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起きられない:梨木朝子、有村夕美、金剛真実

起きられないと一口に言っても事情は様々です。

朝、起きられなかったのだ。それもちょっとやそっとじゃなくて、致命的に、壊滅的に。
目覚ましが鳴っても、無意識に止めてしまう。親に起こしてもらっても、寝ぼけながらの生返事。結局また、すうすう寝てしまう、らしい。(中略)自分でもひどいと思う。けれど、とにかく起きられない。何をどうやっても起きることができない。

(本文より)

何をどうしても起きられず、1限目、時には2限目の授業までも落としてしまった梨木朝子。泊まり込みの補講だったら安心かと思いきや、半分眠ったまま食堂まで運ばれる姿が描かれています。
朝子と同室の有村夕美は、授業中はもちろん、試験中にさえ寝てしまったことから単位が足りなくなったと見られます。
まとめて「眠り姫」と呼ばれているふたりですが、単なる怠け者ではなく、それぞれに事情がありました。

» 朝子の事情

ある日理事長から呼び出された朝子はいきなりパンストを渡されます。訝しがる彼女に起立性調節障害ではないかと告げる理事長。自律神経のバランスが崩れることによって起こる病気で、低血圧になっているため朝なかなか起きることが出来なかったのです。

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» 夕美の事情

授業中に居眠りするだけでなく、何でもないタイミングで急に倒れてしまう夕美。病院に行くべきだと言う朝子に彼女は自分がナルコレプシーだと明かします。
ナルコレプシーは日本語では居眠り病と言われ、時間や場所によらずいきなり寝てしまう睡眠発作が主な症状だそうです。夕美が突然倒れたのもカタプレキシー(情動脱力発作)というナルコレプシーの症状のひとつです。感情が揺れたときに力が抜けてしまうため、夕美はなるべく感情を一定に保つようにしてきたと言います。

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一方、趣味の小説書きに没頭して夜更かしをしてしまい、翌朝起きられずに授業をさぼってしまったのが金剛真実です。真実を主人公として描かれた『永遠のピエタ』の書き出しは

あの人たちは、きっと百合に違いない。

(本文より)

となっていますが、彼女は特別補講中もネタを見つけて小説を書いています。夜更かしをして朝起きられないという悪循環に陥る彼女をひどい頭痛が襲います。

» 以下ネタバレあり

頭痛がするという真実に校医の先生は離脱症状だと告げます。夜更かしのお供に大量のエナジードリンクを飲んでいた真実はカフェイン中毒になっており、軟禁生活下で急にカフェインを断ったことが強い頭痛を引き起こしたのでした。彼女は校医の指導の下、少しずつカフェインを減らしていくことになります。

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休みがち:小山千帆と細井茉莉子

小山千帆の視点でふたりを描いた『鏡のジェミニ』で、千帆は自分が休みがちだったのは怠け癖のせいと述べています。長時間の電車通学、駅から学校までの上り坂がつらくて億劫だった、と。一方の細井茉莉子は拒食症。入院していたこともあるということで、授業に出席出来ないことも多かったのでしょう。
食べることが好きで「茉莉子にご飯をたくさん食べてほしい」と理事長に言った千帆。同室となったふたりは、人前で食べるのが嫌だと言う茉莉子の希望を受けて特別に部屋での食事を許されます。ところが茉莉子に頼み込まれて彼女の分の食事も千帆が食べてしまい…自責の念に駆られる千帆に理事長が命じたのは「食べすぎたと思い込んだらランニングをする茉莉子に付き合うこと」でした。
ここまでは千帆が茉莉子のために奮闘する話のように見えますが、途中で千帆の抱える事情とふたりが同室になったもうひとつの面が見えてきます。

» 以下ネタバレあり

思わず茉莉子から目を背けたその先には、大きな鏡があった。そこに映っているのは、骸骨みたいに痩せこけた女の子と、風船みたいに膨らんで肥え太った女の子。

(本文より)

実は千帆は人並み外れて太っていたのです。彼女の食べるのが好きで運動が嫌いというのは度を過ぎており、通学がつらいというのもその肥満体形が原因でした。
茉莉子が部屋での食事を希望したのは、自分が食べるところを見られたくないという理由だけでなく、千帆に特別メニューを出すために理事長が提案したことがきっかけだったのです。茉莉子が食べないと千帆が食べてしまう、ふたりの両方に取って罪悪感を抱かせるというよく考えられた対応です。

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後ろ向き:綾部桃花と清水玲奈

附属の女子高から進学したふたりです。後ろ向きという表現で括りましたが、ふたりともそれぞれに事情があり大学に通う気力がなくなったような状態です。

» 桃花の事情

トランスジェンダーで、体は女性だけれど心は男性。可愛らしい容姿に女性らしい名前、男性として生きることも難しく、女性として生きようとしたものの心がついていかない…そうして苦しみながら今の状態に至りました。
心は男性である桃花が女子高に進学したのには理由があり、本作はこの理由と縁が桃花に取っての救いとなるような結末になっています。

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» 玲奈の事情

清水玲奈の死にたがりについては、入寮早々、寮生ほぼ全員の知るところとなった。

(本文より)

とにかく生きることに関して無気力で、腕に無数の傷を持つ玲奈。こうなったのには彼女の家庭環境が原因と見られます。
学生同士ではなく職員と同室になったのも玲奈を死なせないための対応で、この特別補講を経て彼女にも変化が生じます。

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4.小説だからこその展開

叙述トリックではありませんが、小説だからこそ出来る表現がいくつか見られるのも本作の面白さです。

» 以下ネタバレあり

ひとつ目は綾部桃花のこと。桃花が登場する話は一人称が僕で書かれており、しばらく主人公の名前も出てきません。女子校の話だけれど最初は男主人公の話なのか?と思っていたところで「僕」の名前が綾部桃花であることが明かされます。
ふたつ目に小山千帆のこと。彼女の一人称で話が進むので、拒食症の細井茉莉子を心配している彼女自身が重度の肥満であることは途中までは分かりません。映像だと(千帆視点にして彼女を全く映さないようにしない限り)すぐに分かってしまうので、文章ならではの話の進め方と思います。
みっつ目に清水玲奈のこと。彼女の登場する『ワンダフル・フラワーズ』では「全員、揃いましたね」「一人、欠けています」という卒業式のシーンからはじまり、その直後に清水玲奈の死にたがりについて語られる、という構成になっています。これだけ読むと玲奈が死んでしまったのかと捉えられますが、冒頭の卒業式のシーンは昔々の話で…という展開です。

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彼女達の抱える事情の全てが解決するということはなく、これからもそれぞれに向き合っていかなければならないという結末を迎えますが、彼女達が少しでも変わっていく姿に読み手もまた励まされるのではと思います。

★様々な事情を抱えた人々が登場する加納朋子さんの短編集→様々な境遇の人に向けられたあたたかいまなざし:加納朋子 著『トオリヌケ キンシ』

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