『拝啓、本が売れません』にまんまとはめられて手に取った一冊。
このままずっと読み続けていたかった。彼らの進む先が知りたいけれど物語が終わってほしくなかった。
一言でいえば、「額賀さんもタンスの角に足の指ぶつけてしまえ!」というところでしょうか。
目次
1.あらすじ
かつては吹奏楽の強豪校だった千間学院高校。
全国大会出場の目標を掲げているものの、ここ数年の吹奏楽部は低迷が続いていました。
そこにコーチとして戻ってきた黄金期の部長・不破瑛太郎。瑛太郎に憧れて吹奏楽をはじめたものの、高校では吹奏楽を続けるつもりのなかった新入生・茶園基。
ふたりが出会い、千間学院の吹奏楽部はふたたび全日本吹奏楽コンクールを目指していきます。
吹奏楽に打ち込む高校生達はとにかく眩しいのですが、勉強との両立、親との衝突、大学受験への不安、大人になってからの後悔…と綺麗事だけでは成り立たない世界が描かれています。
2.表紙とタイトル
表紙デザインは額賀さんが『拝啓、本が売れません』で取材した川谷康久さん、イラストはhikoさんです。
サックスを吹く主人公の周りを楽譜が舞う、見ているこちらの方までぶわっと風が吹いてくるような表紙になっています。
タイトルにも含まれている「風」ですが、物語中である人がサックスを吹く瑛太郎には風が吹いている、そのときの瑛太郎は最強だ、という発言をしています。
「風に恋う」、恋うていたのは瑛太郎がかつての自分に、そして基が瑛太郎に、なのかなと思いました。
(2020.01.05追記)
★同じくhikoさんの描かれた風を感じる表紙の一冊→大城密 著『何度でも、紙飛行機がとどくまで』
(2020.10.25追記)
2020年6月に文庫化されました。単行本と文庫で表紙が異なる作品も多いですが、本作では変わらず風が吹いてくる表紙になっています。
ひとつ差があるとすれば、「Misery and Glory of Windgazer」の文字が単行本より目立つ形で入っていることでしょうか。この「Misery and Glory of Windgazer」は『風に恋う』の英語のタイトルですが、単純な英訳にはなっていません。
「misery and glory of windgazer」を乱暴に和訳すると、「風を見つめる者の不幸と栄光」です、たぶん。
(額賀澪公式サイトより)
https://nukaga-mio.work/windgazer04
「Windgazer」は額賀さんによる造語で、wind(風)とgazer(じっと見つめる人)が組み合わせられています。個人的にはmiseryを苦悩と訳して「風を見つめる者の苦悩と栄光」とするのもいいのかなと思いますが、いずれにせよ本作で描かれる影も含んだタイトルとなっています。
3.登場する主な楽曲
各章のタイトルには曲の名前が含まれています。
『夢やぶれて』
『二つの交響的断章』
『スケルツァンド』
『汐風のマーチ』
『風を見つめる者』
『夢やぶれて』はミュージカル『レ・ミゼラブル』中の有名な曲ですね。
残りの4曲は吹奏楽曲です。瑛太郎達のコンクール(2010年)課題曲が『汐風のマーチ』、自由曲が『二つの交響的断章』。基達(2017年)の課題曲が『スケルツァンド』、自由曲は架空の曲である『風を見つめる者』となっています。
また、額賀さんご本人がWebサイトにて、各節のタイトルも実在の吹奏楽曲をもじっていると述べられています。
(2019.03.03追記)
★詳しくは次の記事で→額賀澪 著『風に恋う』の章・節タイトルと吹奏楽曲のつながりをまとめました
4.基と玲於奈の関係性
茶園基、高校1年生、パートはアルトサックス。鳴神玲於奈、高校3年生、パートはオーボエ。
幼馴染で、瑛太郎のいた千間学院の吹奏楽部に憧れて吹奏楽をはじめて、一緒に全国を目指してきたふたりです。
» 以下ネタバレあり
基は玲於奈から部長の座を奪います。そしてそれだけでなく、自由曲のソロパートも奪っていきます。
でも玲於奈は大人です。もちろん怒りも落ち込みもしますが、涙を流した後は基を支えます。
「私は吹奏楽部の部長がやりたいんじゃなくて、全日本コンクールに行きたいんだもん」
(本文より)
…何てよく出来た高校生なんでしょう。
玲於奈なら受け止めてくれると分かっているから、基の実力も性格も誰より知っているから、基は全力で玲於奈にぶつかっていくことが出来ます。
このふたりの関係もまた眩しく、幼馴染で年の差のある男女がこんなに真っ直ぐに育つものか…と突っ込みつつ微笑ましく見ていました。
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5.現代らしい部活小説
何かに打ち込む青春は眩しいです。それが物語の世界ならなおのこと。
でもこの物語が切り取っているのは眩しさだけではなく、キラキラした世界の裏側、苦しみも痛みもしがらみも全部ひっくるめて、それでも音楽に打ち込む姿です。
» 以下ネタバレあり
ブラック企業ならぬブラック部活。センセーショナルな言葉をつけて問題視するのは簡単ですが、瑛太郎が森崎に怒りを見せたように、純粋に真っ直ぐに頑張っている人までを悪にしてはいけないなと思います。
一方で生徒にも、そして指導する教員にも部活を無理強いしてはいけません。部活漬けの日々がいいことだとは思いませんし、みんながみんな全力でやりたい人ではないでしょう。
でも、やりたいという強い気持ち、勉強にも将来にも悩みながら打ち込む姿を押さえつけてしまうのもまた問題なのではと感じました。このさじ加減はとても難しいですね。
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★この本を読むきっかけになった一冊→小説家が本を売る方法を探しに:額賀澪 著『拝啓、本が売れません』