「本当に正しいことというのは、一番初めの場所にあるのかもしれませんね」
(本文より)
医師である夏川草介さんの第10回小学館文庫小説賞(2009年)を受賞したデビュー作です。
目次
1.あらすじ
主人公・栗原一止は夏目漱石を敬愛する5年目の内科医。信州にある「24時間、365日対応」の本庄病院に勤めています。
常に人手不足の病院に患者は増えていくばかり。目まぐるしく働く一止に母校の信濃大学病院から声が掛かります。
大学で最先端の医療を学ぶか、第一線の病院で働き続けるか…悩む一止ですが、妻の榛名、ふたりの暮らす「御嶽荘」の住人達、本庄病院の医師や看護師、患者といった人々との毎日の中でひとつの答えにたどり着きます。
『神様のカルテ』というタイトルから想像出来るように本作の舞台は病院です。
治る患者がいれば亡くなる患者もいますが、人の死を大袈裟に描くようなことはありません。あくまでも穏やかに進んでいく物語の中で、人の優しさやあたたかさが感じられる作品となっています。
2.登場人物
主人公とその家族
名前 | 紹介 |
栗原 一止(くりはら いちと) | 主人公。本庄病院に勤務する5年目の内科医。 御嶽荘「桜の間」の住人。 |
栗原 榛名(くりはら はるな) | 一止の妻。旧姓・片島。山岳写真家。 |
» 「一止」という名前の由来
「一」という字と「止」という字をくっつけると「正」という字になる、ということから付けられた名前です。
少し風変わりではあるものの、実直で患者に対して真剣な主人公にぴったりな名前ですね。
» 閉じる
医療関係者
所属 | 名前 | 紹介 |
本庄病院 | 外村(とむら) | 救急部看護師長。 30?歳で独身、有能で美人。 |
“海先生” “山先生” | 研修医。 働き始めたばかりで海のものとも山のものともつかない存在。 | |
砂山 次郎(すなやま じろう) | 一止の同級生の外科医。 色黒で大柄。 | |
水無 陽子(みずなし ようこ) | 南3病棟の看護師。 1年目の新人。 | |
“大狸先生” | 消化器内科部長。 太ったお腹をゆすりながら豪快な笑い声で患者たちを魅了。 | |
“古狐先生” | 消化器内科副部長。 痩せていていつも顔色が悪く、大狸先生とは対照的。 | |
東西 直美(とうざい なおみ) | 南3病棟の主任看護師。 28歳で病棟主任である優秀な女性。 | |
“自若先生” | 循環器内科のベテラン医師。 泰然自若を絵に描いたような人物。 | |
松本平広域救急隊 | 後藤(ごとう) | 救急隊長。46歳。 |
信濃大学医学部付属病院 | “雲之上先生” | 医局長。 一止に取っては雲の上の人物。 |
※“ ”内はあだ名
患者とその関係者
患者の名前は松本市近辺の地名から付けられているようです。
名前 | 紹介 | 名前の由来 |
豊科(とよしな) | 糖尿病三羽がらすの異名を取る。 平均年齢69歳、3人合わせると200歳を超える女性達。 | 安曇野市豊科 *以前は豊科町 |
明科(あかしな) | 安曇野市明科 *以前は明科町 | |
倉科(くらしな) | 千曲市倉科 *かつては倉科村が存在 | |
安曇 清子(あずみ きよこ) | 胆のう癌患者、72歳女性。 | 松本市安曇 *以前は安曇村 *上高地、乗鞍高原の所在地 |
田川(たがわ) | 膵臓癌患者、62歳男性。 | 松本市を流れる川 |
大村(おおむら) | アルコール関連で来院。 | 松本市大村 |
旭(あさひ) | 松本市旭 *信州大学医学部附属病院の所在地 | |
桐(きり) | 松本市桐 | |
横田(よこた) | 松本市横田 | |
“グレーの紳士” | 安曇さんのお見舞いに来る、グレーのジャケットを着た老紳士。 | - |
※“ ”内はあだ名
また、一止の勤務する本庄病院についても、松本市本庄という地名が由来と思います。
御嶽荘の住人と関係者、ほか
名前 | 紹介 |
“男爵” | 御嶽荘「桔梗の間」の住人。 年齢不詳の絵描き。 |
橘 仙介(たちばな せんすけ) “学士殿” | 御嶽荘「野菊の間」の住人。 信濃大学文学部哲学科、大学院博士課程の学生。 |
橘 楓(たちばな かえで) | 仙介の姉。 |
“マスター” | 居酒屋「九兵衛」のマスター。 |
※“ ”内はあだ名
3.「引きの栗原」エピソード
「さすが“引きの栗原”だ。お前が救外に出ると、病院の収入が一・五倍になるそうだぜ」
(本文より)
実際、この五年間、私が救急部の当直に出た日にかぎって、重症患者の数が多い。こういう医者を看護師たちは「引く医者」と言ってずいぶん迷惑がる。
(本文より)
そんな一止の「引きの栗原」エピソードを振り返ります。
第一話 満天の星
本作は一止が救急外来の当直に入っている日、まさに引いているところからはじまります。
この日もバイクでの転倒、心筋梗塞、更に交通事故で4人の搬送…と次々に患者がやってきます。そのあとの次郎の台詞から更に吐血患者が来たことも分かります。
一止と榛名のはじめての結婚記念日でしたがもちろんそれどころではありませんでした。
第三話 月下の雪
再び一止が救急外来の当直の日が描かれます。12月ということもあり多くのインフルエンザ患者が訪れます。
そしてインフルエンザ患者の診察も落ち着いたところで、今度は雪によるスリップ事故のため救急車2台がやってきます。
4.描かれている松本の風景
『神様のカルテ』の舞台は松本市で、ところどころに松本の風景が登場しています。
深志神社
建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)と菅原道真を祭っている神社です。
一止の通勤路の途中にあり、しばしば帰宅時に深志神社の境内を通る描写が見られます。
松本城
戦国時代に作られた深志城をはじまりとし、現存天守(江戸時代以前に作られた天守)のひとつである天守は国宝に指定されています。
夜には天守がライトアップされます。
松本城もまた一止の通勤路にあり、一止が立ち寄った際には写真を撮る榛名の姿がありました。
上高地
一止と榛名が出会ってすぐの頃、一止が何とか手に入れた休みで出掛けたのが上高地です。いわゆるデートですね。
また、榛名が男爵から買った絵に描かれているのも河童橋です。
その他
一止の帰り道は深志神社、駅前通り、中町通り、女鳥羽川、縄手通り、四柱神社、松本城というルートになっています。御嶽荘があるのは松本駅から見て松本城の向こう側ということになりますね。
また、本庄病院の屋上から西の方には北アルプスの山々が見えます。
安曇野の向こうに連なる北アルプスが、乗鞍、常念、爺ヶ岳、鹿島槍、と、名高い名峰ことごとくくっきりと稜線をあらわにし、驚くほど近く見える。絶景と言っていい。
(本文より)
私はこの作品をきっかけに松本を訪れました。記事内の写真はその際に撮ったものです。
ライトアップされた松本城、水面に映る姿の美しさがとても印象的でした。
(2019.04.21追記)
★『神様のカルテ』シリーズに関する記事はこちら→夏川草介 著『神様のカルテ』シリーズに関する記事の一覧