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繰り返される日々の積み重ね:宮下奈都 著『静かな雨』

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2004年に文學界新人賞で佳作に入選した宮下奈都さんのデビュー作品です。単行本の刊行が2016年、2019年6月に文庫化され、2020年には映画化が予定されています。

分量の多い作品ではなく、そんなに時間をかけずに読めるのではないかと思います。
(文庫版にはアンソロジー『コイノカオリ』より『日をつなぐ』が収録されているそうですが、私が読んだのは単行本です)

目次

  1. あらすじ
  2. 登場人物
  3. こよみのたいやき
  4. 登場する2冊の本
  5. 時系列
 

1.あらすじ

会社が倒産すると聞かされた日、行助はパチンコ屋の裏手にあるたいやき屋でこの上なく美味しいたいやきに出会いました。
店に通ううちに店主・こよみと親しくなっていく行助。ところがある日、事故でこよみが入院してしまいます。3か月と3日眠り続けたのちに意識が戻ったこよみでしたが、高次脳機能障害と診断されました。
新しい記憶を留めることが出来なくなったこよみと、寄り添う行助の日々が綴られます。

2.登場人物

行助(ゆきすけ)

生まれつき足に麻痺があり、松葉杖を使っている男性。
名前は「こうすけ」と読むところを父親が間違えて「ゆきすけ」とつけた。ユキと呼ばれることが多いそうで、こよみからはユキさんと呼ばれている。

こよみ

たいやき屋を営む女性。家族はばらばらで帰るところはないという。
事故により短期間しか新しい記憶を留めておけなくなった。

その他、行助の両親と姉、こよみの店を訪れる高校生などが登場します。

3.こよみのたいやき

たいやき

本作で気になる存在が「こよみの焼くたいやき」です。

ひとくち食べて、あ、と僕は立ち止まった。おいしい。もうひとくち食べてみる。なにこれ、おいしいじゃないか、ものすごく。

(本文より)

行助がはじめてこよみのたいやきを食べたシーン。とにかく美味しい、ということが伝わってきます。

何も特別なものは使っておらず、ごくごく普通の材料で作るというたいやき。日によって違う粉の状態を見極め、季節や天気も考えて水加減や寝かせ具合を調整しているとこよみは言います。
もちろん焼き方にもこつがあるのでしょう。型はこよみ曰く「自慢の」一丁焼き、たくさんのたいやきを一度に焼くのではなくひとつずつ焼けるようになっています。この一丁焼きは珍しく、天然のたいやきとも言われているようです。

一丁焼の鯛焼とは? - 一丁焼このは
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4.登場する2冊の本

本作には実在するふたつの小説が登場します。

立原正秋 著『冬の旅』

1968年から読売新聞で連載され、後にドラマ化もされています。
行助の名前の由来となった作品。行助の父は「この主人公は俺だ」主張したものの、実際は全く違う人だったようです。

行助は、グレてみたことさえない父の憧れだったのだろう。

(本文より)

本当は主人公の名前は行助(こうすけ)でしたが、行助の父はゆきすけと読んでいました。
行助も、そしてこよみもこの作品を読んでいます。

記憶力をなくした数学者の話

こよみの本棚に2冊あった本。こよみは図書館で本を借りることが多く、実際に購入して本棚に並べる本は限られていたため、こよみに取ってよほど特別な本なのだろうと思った行助も読むことにしました。

読み始めてびっくりした。記憶力をなくした数学者の話だった。(中略)数学者は毎朝、自分の記憶が短時間しかもたないことを確認して、泣く。こよみさんはどんな気持ちでこれを読んだのだろうと思うと胸が苦しい。

(本文より)

この本のタイトルは明かされていませんが、小川洋子 著『博士の愛した数式』ですね。こよみの置かれた状況から真っ先に想像されるであろう作品でもあります。

5.時系列

» 以下ネタバレあり

12月25日行助、勤めていた会社が倒産すると聞かされる。こよみのたいやき屋をはじめて訪れる。
1月行助、昔いた大学の研究室に勤めはじめる。
2~3月頃行助、はじめてこよみと話す。
4月こよみ、事故に巻き込まれて入院する。
7月3か月と3日眠り続けたこよみ、意識を取り戻す。高次脳機能障害と診断される。
たいやき屋は夏の1か月休み。行助は毎朝こよみの元を訪ね、こよみの置かれた状況を説明している。
夏の終わり行助とこよみ、一緒に住みはじめる。
こよみ、たいやき屋を再開する。

この作品が賞を受賞したのが2004年。書かれたのは2003年頃と考えられ、物語の最後で作中の時期も2002年~2003年のことだと分かります。

こよみさんはこの夏チャック・ペリーが日本に来たことを知らない。ミッシェル・ガン・エレファントが解散したことも知らない。

(本文より)

チャック・ペリーの来日公演が行われたのが2003年夏。ミッシェル・ガン・エレファントが解散したのは2003年秋のことです。

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こよみが置かれているのは絶望的な状況であるはずですが、大騒ぎすることなく、物語は淡々と進んでいきます。タイトルの『静かな雨』は物語の中でも印象的なシーンから来ていますが、この作品全体の雰囲気も表していると思います。

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