(2019.07.28追記)
2019年7月、『夏なんてもういらない』のタイトルで文庫化されました。改題だけでなく改稿もされているそうです。表紙の雰囲気も変わりました。
目次
1.あらすじ
高校2年生の多和田深冬は、高大連携の取り組みで参加しているゼミの夏合宿で南の離島・潮見島を訪れます。深冬のゼミの先輩で思い人・潮田優弥の故郷である潮見島では、12年に一度「潮祭」という祭りが行われていました。
潮見島の信仰と、頑なに伝統を守ろうとする少女・汐谷柑奈の姿に疑問を覚える深冬。そんな深冬自身にも「伝統」というものに対する複雑な思いがありました。一方で優弥も故郷と潮祭、そしてある人物への特別な感情があるようで…
守らなくてはならないものと変わっていくもの。小さな島の祭りを軸に、人々の思いが交わる様子が描かれます。
2.登場人物
主人公と周りの人々
名前 | 紹介 |
多和田 深冬(たわだ みふゆ) | 紫峰大学附属高校の2年生。紫峰大学と連携した研究活動の取り組みで、江原ゼミに通っている。 |
三河 真澄(みかわ ますみ) | 深冬の友人で、柔道部に所属。 |
深冬の両親 | 先祖代々続く農家。大規模農業を展開しており、有限会社多和田農場を営む。深冬に農場を継いでほしいと考えている。 |
紫峰大学人文学部人文学科哲学専攻 江原ゼミの関係者
民俗信仰や宗教文化について研究している。基礎ゼミに所属する1、2年生は全部で3人。
名前 | 紹介 |
潮田 優弥(うしおだ ゆうや) | 2年生。潮見島の出身。 |
神尾 将大(かみお まさひろ) | 2年生。 |
長岡 玲子(ながおか れいこ) | 2浪して大学に入学した1年生。 |
江原 秀夫(えはら ひでお) | 先生。50歳。 |
潮見島の人々
名前 | 紹介 |
内間 憲(うちま けん) | 潮見島離党留学センターを運営している。40歳。 |
浜崎 貴樹(はまさき たかき) | 中学3年生。潮見島の外の出身で、留学センターで生活しながら潮見島中学校に通う。 |
柳川 輝美(やながわ てるみ) | |
富永 美夏(とみなが みか) | |
花城 慧(はなしろ さとし) | 高校1年生。潮見島唯一の高校生。 |
汐谷 柑奈(しおや かんな) | 中学3年生。潮見島の出身で、神女となる資格を持つ。 |
汐谷 みどり(しおや みどり) | 柑奈の母。 |
潮田 八重(うしおだ やえ) | 優弥の祖母。72歳。潮見島の神司。 |
潮田 泰利(うしおだ やすとし) | 優弥の父。潮見島の祭司。 |
東江(あがりえ) | お婆ちゃん。ノリちゃんの家族。 |
ノリちゃん | 本名不明。若い女性。 |
『潮風エスケープ』におけるキーパーソンのひとりについては一応伏せておきます。
» 以下ネタバレあり
名前 | 紹介 |
汐谷 渚(しおや なぎさ) | 柑奈の姉で、優弥の幼馴染。25歳。20歳のときにスカウトされてモデルになり、2年ほど前からは女優としても活動。芸名は渚 優美(なぎさ ゆみ)。 |
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3.潮見島の信仰と伝統
潮見島(しおみじま)
「潮見島には、島に代々伝わる神話があってね。これは学生諸君が散々調べてくれたように、海神様のこと。海の底には神界という異界があって、大昔にそこから海神様がやって来て、私達の住む世界を作ったというものだ。海神様が水――つまり海しかなかったこの世界に島を作り、人を作り、穀物を与えた」
(本文より)
この海神様が最初に作ったのが潮見島だとされています。海神様は潮見島を繁栄させ、周りも島を作り、世界が作られていったという神話が紹介されます。
潮見島は神の島と呼ばれており、海神様を祭る場所が点在している島の東側は神様の領域で、人が住む領域ではないと考えられています。
神女(しんじょ)
潮見島に存在する神職者で、その名の通り女性が務めています。神女になるためには12年に一度の潮祭に参加する必要がありますが、参加には条件があります。
- 13歳から17歳くらいまでの女性
- 潮見島で生まれ育ち、一度も潮見島から出たことがない人
なお潮見島には高校がないため、対象者は中学生に限られることになります(あるいは、神女となるために高校に進学しない、ということになるのでしょうか)
潮見島は小さくて、生活に最低限必要な施設しかないような島のようですので、一度も島から出ずに過ごすというのは外から見ると奇異なことに見えます。
神司(かみつかさ)
神女を束ねる存在。神女の中でも、潮見島に古くから住んでいる潮田家と汐谷家の人間でないとなることが出来ません。
祭司(さいし)
神司の補助。潮田家の男性が務めています。
潮祭初日の朝には泉で身を清め、白装束を身に着け、顔に赤いドーランを引きます。
4.奇祭・潮祭
12年に一度開催され、3日間にかけて5つの儀式を行います。資格を持った女性が全ての儀式を経ることで神女となります。
また、新しく神女となる女性は途中で家に帰ることは出来ず、1日目と2日目の夜は潮見殿という場所で過ごす必要があります。
- 夕風遊び(1日目):神司の歌の後、神女となる女性と神女達が海神様への歌を歌う。
- 花遊び(2日目):赤い紙を細く切って作られた造花を神女となる女性の髪に挿す。
- 紅つけ遊び(2日目):神女となる女性の頬に赤いドーランを引き、顔に白い粉を叩く。
- 潮船引き(3日目):神司、神女達のグループと、潮見島の男性のグループに分かれて綱引きを行う。その後神司が、神女となる女性の頭に緑の葉で作った冠を載せて、神女が誕生したこととなる。
- 潮舞(3日目):神司と神女達が大きな扇を手に踊る、潮祭を締めくくる儀式。
5.『潮風エスケープ』のモデル
額賀さんの『拝啓、本が売れません』には本作『潮風エスケープ』のプロットが掲載されており、合わせてこのような一文が見られます。
逆に『潮風エスケープ』(中央公論新社)は、モデルとなったとある島の資料を私が担当編集・K森氏に見せ、彼が「面白そうっすね!」と乗ってくれたのがスタートになった。
(額賀澪 著『拝啓、本が売れません』より)
このモデルとなったとある島というのはどこなのか…離島で行われる12年に一度のお祭り、という点で調べるとすぐに見つかりました。
沖縄県南城市の久高島(くだかじま)がモデルと思われます。『潮風エスケープ』の潮見島MAPと実際の久高島の地図には近いものがありますし、久高島にも物語の潮見島同様に留学センターが存在しています。
久高のシマ時間
久高島留学センター
久高島には12年に一度行われるイザイホーという祭事があるそうで、こちらが潮祭のモデルではないでしょうか。
直近のイザイホーの開催は1978年とのこと。神女(ナンチュ)となる女性、後継者の不足により1990年、2002年、2014年と行われていないそうです。
イザイホー(Wikipedia)
6.伝統とどう向き合うか
「顔も知らないご先祖様が受け継いできたものを、更に未来へ繋いでいくのは、意味のあることだと思う。でもそれって、どれくらい大事なことなんだろうな。考えれば考えるほど、見えなくなっていくんだ」
(本文より、優弥の言葉)
「私にはわかりません。でも、一つだけわかるのは、私は両親とか祖父母とかご先祖様のために、自分の人生を捧げたくないです」
(本文より、深冬の言葉)
神女候補である柑奈は小さくて何もない潮見島から外に出ずに15年。伝統のためにそこまでしなきゃいけないのか、あり得ない、無茶だ、怖い、という深冬の気持ちはよく分かります。
一方でその島に生まれたからには仕方がないのでは、ずっと続いてきた伝統を途絶えさせていいのかという気持ちもあります。
伝統や信仰とどう向き合うか、優弥の言うようにとても難しいことではありますが、深冬の言葉はひとつの答えだと思いました。
望まない人を無理やり巻き込み、個々の人生より優先されるような伝統を続けていくのには無理があります。元の形のまま続けられないなら無くすというのも、形を変えて残していくというのも、どちらの考えもあるのではないでしょうか。
★『潮風エスケープ』のプロットが紹介されていた、額賀さんのノンフィクション→小説家が本を売る方法を探しに:額賀澪 著『拝啓、本が売れません』