※タイトル通り、ネタバレありの記事ですのでご注意ください。
★『かがみの孤城』の紹介はこちら→辻村深月 著『かがみの孤城』
自分の部屋にあった鏡を通じて願いが叶うという“城”に集められた7人。同じ中学生ではありましたが、実は異なる時代から集められていたことが明らかになります。
物語の時代背景(それぞれの生きている時代の違い)と、現実世界での7人の繋がりについて整理したいと思います。
目次
- 7人が今生きている時代
- 学校に関すること
- カレンダーの違い
- 喜多嶋先生の存在
- ゲームの進化
- 電子機器の変遷
- 街の移り変わり
- その他、それぞれの生きている時代(の違い)が感じられるエピソード
- 7人は城の外で会えるのか?
1.7人が今生きている時代
まずはじめに、城に集められた7人がいつを生きているのかを振り返っておきます。
名前 | 本名 | 時代 | 生年 |
スバル | 長久 昴(ながひさ すばる) | 1985年 | 1969年 |
アキ | 井上 晶子(いのうえ あきこ) | 1992年 | 1976年 |
こころ | 安西 こころ(あんざい こころ) | 2006年 | 1992年 |
リオン | 水守 理音(みずもり りおん) | 2006年、ハワイ | 1992年 |
マサムネ | 政宗 青澄(まさむね あーす) | 2013年 | 1998年 |
フウカ | 長谷川 風歌(はせがわ ふうか) | 2020年 | 2005年 |
ウレシノ | 嬉野 遥(うれしの はるか) | 2027年 | 2013年 |
スバルの「1985年」という年を聞いた瞬間に、まずみんな、どよめいた。
(本文より)
「昭和じゃん!」
マサムネが言って、スバルが「え? そりゃそうだよ。どういう意味?」と尋ねる。
7人の中で昭和から来たのはスバルだけ。そもそも昭和生まれなのもスバルとアキのふたりのみです。
本作が発行された2017年5月の時点では、令和という平成の次の元号はもちろん、まだ平成時代の天皇陛下の退位についても決まってはいませんでした。今だったらここでフウカやウレシノが平成の更に先から来たと言って盛り上がるでしょうか。
更にスバルはあと10年ちょっとで世界が終わるかも知れないと思っていました。後に本人もコメントしている「ノストラダムスの大予言」、懐かしい話ですね。2000年以降に生まれたフウカやウレシノに取っては最早知らない話なのではと思います。
2.学校に関すること
7人が通っているのは同じ南東京市の雪科第五中学校ですが、その規模や周辺の学校の数には差が見られます。
スバルの学年は8クラス、マサムネの学年は6クラス、フウカの学年は4クラスと段々クラス数が減っています。こころはフウカの言っていることが違うのではと考えていたので、こころの時代とマサムネの時代は同程度の規模ではないかと考えられます。
また、スバル、アキの時代は第一中から第五中まであったものの、こころの時代には第二中、第四中はなくなっているとのこと。第五中は学校再編により合併したことで大きくなったとも述べられており、スバルの時代の生徒数がいかに多かったかが分かります。
実際、1985年の中学生の数は599万人と多く、2005年は363万人、2012年は355万人、2018年は325万人と減少していっています。
文部科学統計要覧(平成29年版)
文部科学統計要覧(平成31年版)
土曜日に学校があるかも時代によって違います。スバルは土曜も休みになることは知らず、アキは月一で休みになると聞いたことがあり、こころは小学校3年までは隔週、その後は毎週休み。土曜日に彼氏と出掛けていたアキが補導されそうになったのも、その日が授業のある土曜日だったからということです。
確認したところ、まさにアキが城に来ていた1992年の9月より多くの公立学校で毎月第2土曜日が休みとなり、その後1995年4月からは第2、第4土曜日が休みになっていました。その後完全に土曜日が休みになったのは2002年、こころが小学4年生に上がった4月です。
学校週5日制(Wikipedia)
3.カレンダーの違い
皆が学校に行こうとした決戦の日、1月10日。言い出したマサムネに取っては始業式の日でしたが、始業式ではなかった人、そもそも登校日ですらなかった人もいました。
名前 | 決戦の日 | 曜日 | 始業式 |
スバル | 1985年1月10日 | 木曜日 | ○ |
アキ | 1992年1月10日 | 金曜日 | ? |
こころ | 2006年1月10日 | 火曜日 | × |
マサムネ | 2013年1月10日 | 木曜日 | ○ |
フウカ | 2020年1月10日 | 金曜日 | ? |
ウレシノ | 2027年1月10日 | 日曜日 | × |
またウレシノは1月10日の翌日も学校に行くべきかと思ったけど成人の日だったと言い、スバルやアキは成人の日は1月15日じゃないのかと言っています。
成人の日が1月の第2月曜日になったのは2000年のこと。アキは休みの日が変わるということだけでなく、ハッピーマンデー制度という名前に対しても驚いていました。
「二月の、最後の日。城に誰も来てない日があったの、覚えてる? ずっと二人だけで“オオカミさま”さえ呼んでも出てこなかった日」
(本文より)
フウカとアキだけが城にいたというこの日は2月29日、うるう年だったふたり(“オオカミさま”である実生の1999年もうるう年ではないため)だけが城に来ることが出来たのです。3月1日、前の日にぎくしゃくしていたふたりが一瞬で仲直りしていたことをこころが不思議に思っていたので、うるう年の2月29日は他の年の2月28日と3月1日の間にあったことが分かります。
4.喜多嶋先生の存在
本作の重要人物のひとりにフリースクール「心の教室」の喜多嶋先生がいます。こころが自分達の生きる時代が違うことに気付いたのも、皆が食べられた後に見たそれぞれの記憶に登場する喜多嶋先生の年齢が違っていたからでした。
喜多嶋先生に会っていたのはこころ、マサムネ、フウカ、ウレシノの4人。アキとスバルはフリースクールの存在自体を知りませんでした。
本作のエピローグには喜多嶋先生の話が描かれています。
彼女のフルネームは喜多嶋晶子。あのアキが大人になった姿でした。当時雪科第五中学の近くにフリースクールがなかったのもそうですが、大人になったアキに中学時代のアキやスバルが会える訳ないですね。
時系列をまとめると以下の通りです。
- 1993年、3月、晶子中学卒業。
- 1996年、4月、晶子大学入学。恩人の鮫島先生が立ち上げた「心の教室」に誘われて手伝いはじめる。
- 1998年、晶子大学3年。総合病院に勤めている喜多嶋先生と出会う。水守実生に勉強を教える。
- 1999年3月30日、実生亡くなる。
- 晶子は大学院を出たのちに喜多嶋先生と結婚。この間も「心の教室」に携わり続ける。
- 2005年度、29歳になる晶子、中学生のこころと出会う。
- 2012年度、36歳になる晶子、中学生のマサムネと出会う。
- 2019年度、43歳になる晶子、中学生のフウカと出会う。
- 2026年度、50歳になる晶子、中学生のウレシノと出会う。
こころ、マサムネ、フウカ、ウレシノの4人とは「心の教室」の先生として、リオンとは直接の関わりはなかったものの姉の実生の先生として関わっています。特に女子ふたりとは時間を超えた繋がりが見られます。
- 中学生のフウカが勉強するきっかけとなったのは喜多嶋先生の「勉強はローリスク」という言葉 → 中学生のフウカからその言葉を聞いた中学生のアキも勉強しようと思う
- 食べられてしまった中学生のアキを助ける時、中学生のこころは「大丈夫だよ、頑張って、大人になって」と声をかけた → 喜多嶋先生が中学生のこころと出会った時に心の中でかけた言葉は「大丈夫だから、大人になって」
5.ゲームの進化
7人が遊ぶゲームにも時代の変化と時間を超えた繋がりが見られます。
ゲーム機
まずゲームはほとんどしたことないというスバル。単に厳しい家なのかと思っていましたが、1985年当時は家庭用ゲーム機がまだ一般的ではなかったと見られます。
マサムネが持っていたポータブルゲーム機をこころは知りませんでしたが、これは後に2011年発売のニンテンドー3DS(こころの知っているニンテンドーDSは2004年発売)だと分かります。
「あ、今日持ってきたの2だけど、家にもちろん3もあるから。本当は開発中の4のモニター頼まれてるんだけど、この古いテレビじゃできなかった。端子が違うから」
(本文より)
「3!」
専門的なことはわからなかったけれど、こころの口からそれでも大きな感嘆の声が出た。反応の大きさに満足したように、マサムネが「そこは4に驚けよ」と笑う。
このマサムネとこころのやり取りですが、3や4があるゲーム機本体、と言えばピンとくる方もいるかも知れません。後に何のゲームだったかも明らかになっています。
大破したプレステ2を瓦礫の山から拾い出す。あーあ、と思うけれど、まあ、仕方がない。家にはまだプレステは3もあるし。4だって近々発売予定で父親にねだったら買ってもらえそうな雰囲気がある。
(本文より)
何て生意気…いや、恵まれているのでしょうという突っ込みは置いといて。
PlayStationの発売は1994年、2が2000年、3が2006年(11月発売。こころは存在は知っていたのでしょうか)、4が2013年11月とのこと。ちなみに5が来年2020年末に発売予定だそうです。22歳?のマサムネは自分のお金で買うのでしょうか。
ゲームを作る人
スバルが笑う。笑って、「だから」と続ける。
(本文より)
「目指すよ。今から。“ゲーム作る人”。マサムネが『このゲーム作ったの、オレの友達』ってちゃんと言えるように」
(中略)
「――だから、たとえ、僕やマサムネが忘れても、マサムネは嘘つきじゃない。ゲームを作ってる友達が、マサムネにはいるよ」
何度読んでも泣きそうになってしまうシーンのひとつです。
マサムネが最初に言っていた「ゲームを作った友達」は嘘でした。その嘘を本当にするため、スバルはゲームの開発者になると言います。もちろん本人の興味関心、マサムネとゲームをして過ごす中でゲームに惹かれたこともあったのでしょう。
そしてその夢が叶えられたことも物語の途中で描かれています。
「ナガヒサ……?」
(本文より)
スバルが怪訝そうに問い返す声に、マサムネが苛立ったように言う。
「ナガヒサ・ロクレンだよ! ゲーム会社ユニゾンの天才ディレクター」
マサムネがパラレルワールドと世界の淘汰の例に挙げた『ゲートワールド』の開発者「ナガヒサ・ロクレン」。この人こそが大人になったスバルでしょう。スバルの本名は長久昴。そして昴=プレアデス星団の別名は六連星(むつらぼし)であり、「ロクレン」の名前はここから取ったと見られます。
『ゲートワールド』は非常に有名なゲームにも関わらずマサムネ以外のメンバーはほぼ知らないようですので、この頃発売されたゲームと考えられます。ウレシノが映画にもなったゲームだと言ってマサムネには否定されていますが、きっと2013年より後に映画になるのでしょうね。フウカが知らないのはピアノ漬けという環境でゲームに触れる機会が少なかったからかなと思いました。
6.電子機器の変遷
中学生で音楽を聴いて歩いてるって、ちょっとかっこよく思えて、城のみんなの前でもよくやってしまう。みんなあんまりそのことに反応したりしないけど、街の大人なんかは、おっていう目でスバルを見る。
(本文より)
スバルが城の中で音楽を聴いていた、父親からもらったというウォークマン。聴いているのはカセットテープです。スバルに取っては新しくてかっこいいものですが、こころから見たら普段見るものよりずっと分厚くてごつい、となります。
なおウォークマンはソニーの商標で、カセットテープを入れる初代のウォークマンが発売されたのが1979年とのことです。こころの知るウォークマンはMD、メモリ、ハードディスクのタイプのいずれかと思います。
アキは彼氏とポケベルで連絡を取り合っています。その記憶を見たこころに取ってポケベルは自分が小さい頃にお母さんが使っていたもので、今は学生でもPHSか携帯電話を持つという状態です。
ポケベルが登場したのは1960年代後半ですが、個人にも広く普及した1990年代の前半が最盛期だったようです。その後はポケベルに変わりPHS、携帯電話が広まっていきました。
7.街の移り変わり
こころがよく行くのは、こころが小学校に入った頃(1999年頃)にオープンしたカレオというショッピングモールです。マックやミスド、アキがフウカにプレゼントしたようなかわいらしい紙ナプキンも並ぶ雑貨屋などが入っています。
一方アキがその紙ナプキンを買ったのは商店街の丸御堂というお店ですし、スバルとアキに取ってのマックは駅前に存在します。カレオが出来る前には商店街があり、カレオが出来たときにマックはそちらに移ったそうです。
そしてマサムネやフウカが知るショッピングモールはアルコ。映画館も入っている大きなショッピングモールはカレオの未来の姿です。マックは変わらず入っています。
『小さな世界』を流しながら食料品を売りに来るミカワ青果の移動販売車。こころだけでなくアキも知っており、長い歴史があることがうかがえます。フウカはこのトラックを知りませんでしたが、こころの時代で既に「もう年だしあと何年来てくれるかわからない」と言われていたので、流石にフウカの時代には引退されていたのでしょう。
その後ウレシノの時代には、スーパーまで行けないお年寄りの増加もあり、定期的に食料品を売りに来るワゴン車が存在しています。
8.その他、それぞれの生きている時代(の違い)が感じられるエピソード
- 何かの映画の「2」の方がよかったと言うフウカに、「2」の存在を知らないアキ。
- こころがスバルに「ハリポタのロンに似ている」と言ったところ、スバルは「初めて言われた」と答えた。(シリーズ1作目『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で発売されたのは1999年、映画の公開は2001年)
- こころがフウカに誕生日プレゼントとして渡した、コンビニで買ったチョコレートをフウカは食べたことがなかった。
- 外の連絡先を交換するという話で、フウカ?が「アドレスとか」と言ったのに対してスバルは「住所や電話番号」と言っている。
- マサムネがクリスマスプレゼントと言って持ってきた少年漫画のグッズ。『ワンピース』なども含まれていたけれどアキは「知らない」。(『ONE PIECE』の連載開始は1997年)
- こころと萌がドラマの話をしている中で「地元じゃ負け知らず」の歌詞が登場。(ドラマ『野ブタ。をプロデュース』の主題歌『青春アミーゴ』。ドラマの放送は2005年10月~12月)
- スバルという名前について、こころは星の名前でファンタジーっぽいと言ったけれど、スバルは周りからは歌の名前と言われることが多いという。(1980年に発売された谷村新司の『昴 -すばる-』と見られる)
- スバルはマサムネからもらったテレホンカードが使えず、よく見ると「QUO」の文字。スバルは描かれているキャラクターもQUOカード自体も知らず、おもちゃのカードをくれたのかと思う。(QUOカードの発売は1995年)
- アキが彼氏と知り合ったのはテレクラ。(テレクラが出来たのは1985年頃で、1980年代後半~1990年代前半が全盛期)
- スバルは「イケメン」という言葉の意味が分からない。また「超」という言葉遣いは大袈裟だと感じている。
- マサムネの名前は青澄と書いてアースと読む。ウレシノは「キラキラネームだ」とコメント。
9.7人は城の外で会えるのか?
中学生として生きている時代が異なるため城にいたときのように一堂に会するのは難しいでしょうが、お互いにどこかで会うことは出来るはずです。
実際にアキは「こころの教室」をきっかけにスバル以外の全員に会っています。
またリオンが日本に戻ってきたことで、こころとリオンは同じ時代の雪科第五中学に通うことになります。最後にふたりが出会うシーンを見る限りリオンはこころのことを覚えており、「覚えていたい」という願いが聞き届けられたようです。一方エピローグのアキは城でのことを完全には覚えていないようでした(誰かが手を引いてくれた感触、など一部は残っている様子)が、リオンと同級生になったこころは彼のことを覚えていたのでしょうか?
フウカに対して城の外で出会えたら付き合ってほしい、と告げたウレシノ。2027年で22歳と14歳…ウレシノに取ってはちょっと厳しい状況と思いますが(そもそもフウカがそのときフリーかどうか)、もし出会えたらそれこそ運命の出会いですね。
スバルとマサムネは実際に巡り会ってはいないと思いますが、有名なゲームの開発者となったスバルのことをマサムネは知っています。スバルは自分が言った通り、ゲームを作る人になりたいという思いだけはちゃんと覚えていたのだと思います。
こうしてまとめると実に綿密に描かれていることが分かります。
時とともに世の中は変わり、身近な街の様子も段々と変わっていきますが、いつの時代も中学生は中学生。7人がなんだかんだ仲良くなっていったように、根底にあるものは変わらないのかなと思います。